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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(オ)211号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小倉勲の上告理由一ないし四について

原判決は、(一) (1) 原判決別紙物件目録記載の一三筆の土地(以下「本件土地」という。)は、もと木村孫治郎の所有であり、農地であつたが、同人は、昭和三一年一二月一五日本件土地を含む第一審判決物件目録記載の土地を四ツ橋留蔵に売り渡し(以下「本件売買」という。)、売買代金全額の支払を受け、右土地につき同人に対し神戸地方法務局赤穂出張所昭和三二年五月六日受付第九二二号をもつて所有権移転請求権保全仮登記(以下「本件仮登記」という。)をしたが、木村孫治郎は昭和三七年三月四日死亡し、被上告人らがその地位を相続した、(2) 藤井平治は、昭和四三年一一月四日四ツ橋から本件売買契約上の買主たる地位の譲渡を受け(以下「本件地位譲渡契約」という。)、第一審判決物件目録記載の土地につき同月一一日同出張所受付第六二五九号をもつて本件仮登記につき右所有権移転請求権移転の附記登記(以下「本件附記登記」という。)を受けたが、昭和五六年一一月一二日死亡し、上告人らが、藤井平治の地位を相続し、本件土地を占有しているとの事実を確定したうえ、(二) (1) 被上告人らの次の主張、すなわち、本件土地は本件売買当時から農地であつたので、本件売買は農地法所定の県知事の許可が法定条件となつていたところ、上告人らが本件売買に基づき被上告人らに対して有していた県知事に対する許可申請協力請求権(以下「本件許可申請協力請求権」という。)は、本件売買の成立した昭和三一年一二月一五日から一〇年を経た同四一年一二月一五日の経過とともに時効により消滅し、これにより右法定条件は不成就に確定し、本件土地の所有権は四ツ橋に移転しないことが確定したから、本件土地は被上告人らに帰属することに確定した旨の主張を認め、本件土地の所有権に基づき、上告人らに対しその明渡と本件附記登記の抹消登記手続を求める被上告人らの本訴請求を認容すべきであるとし、(2) したがつてまた、本件売買及び本件地位譲渡契約により本件土地が上告人らの所有に帰属するに至つたとの上告人らの主張は排斥を免れないとし、被上告人らに対し本件土地につき本件附記登記に基づく本登記手続を求める上告人らの本件反訴請求を棄却すべきであるとしている。

しかしながら、原審の右判断は、首肯し難い。その理由は次のとおりである。

民法一六七条一項は「債権ハ十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」と規定しているが、他方、同法一四五条及び一四六条は、時効による権利消滅の効果は当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしていることが明らかであるから、時効による債権消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものと解するのが相当であり、農地の買主が売主に対して有する県知事に対する許可申請協力請求権の時効による消滅の効果も、一〇年の時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、売主が右請求権についての時効を援用したときにはじめて確定的に生ずるものというべきであるから、右時効の援用がされるまでの間に当該農地が非農地化したときには、その時点において、右農地の売買契約は当然に効力を生じ、買主にその所有権が移転するものと解すべきであり、その後に売主が右県知事に対する許可申請協力請求権の消滅時効を援用してもその効力を生ずるに由ないものというべきである。そして、本件記録によると、被上告人らが本件許可申請協力請求権の消滅時効を援用したのは昭和五一年二月九日に提起した本件本訴の訴状においてであること、これに対し、上告人らは、原審において、本件土地はすくなくとも昭和四六年八月五日以降は雑木等が繁茂し原野となつたから、本件売買は効力を生じた旨主張し、右主張に副う証拠として乙第三号証を提出していたことが認められるところ、上告人らの右主張事実を認めうるときには、本件売買は、本件土地が右非農地化した時点において、当然にその効力を生じ、被上告人らは本件土地の所有権を喪失するに至つたものというべきであり、したがつて、本件許可申請協力請求権の時効消滅は問題とする余地がなく、また、四ツ橋が本件売買契約上の買主の義務をすべて履行しているという原審確定の事実関係のもとにおいては、本件地位譲渡契約は被上告人らとの間においてもその効力を生じうる余地があるものというべきである。したがつて、上告人らの右主張について審理判断しなかつた原判決には、民法一四五条、一六七条一項の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというべきであり、この違法をいう論旨は、理由があるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れないところ、上告人らの右主張について審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭)

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